*弱い自分に負けてたまるか*
ある日、不思議な依頼の電話があった。
顔なじみの手芸店のオーナーからである。
「サウナハットに、タンカンの刺繍をしてほしいという依頼があるのですが
ことりーぬさん、刺繍できますよね?
お願いできますか?」
「ん??? 刺繍は好きですけど・・・プロではないし・・・
なぜタンカン? なぜサウナ? 」
依頼してきたのは有名なリゾートホテルのスタッフさんだった。
昨今のサウナブームに乗っかって、サウナの特別企画を考えているという。
湯船にたくさんのタンカンを浮かべ、
サウナハットやタオル類はすべてタンカン色に統一するらしい。
特別企画のプロモーション動画を撮影するために
モデルさんが着用するサウナハットにタンカンの刺繍があると
いいんじゃない?
企画会議の中で決まったらしい。
私は、大した腕前がないことを強調して、
それでも構わないということで
鮮やかなオレンジ色のサウナハットにタンカンの刺繍をした。
悲しいことに、これは不合格だった。
やり直しが言い渡された。
不合格の原因はタンカンのお顔であった。
私は日頃からいろんなものに顔をかく傾向がある。
「今回のサウナ企画のターゲットとなるお客様層は大人の女性ですので
タンカンのお顔は・・・ちょっと・・・」
納得した。
よーし、次こそは合格してみせる。
私は栄養ドリンクをグビグビ飲み干して、刺繍針を手に
「負けてたまるか」と言っていた。
いったい誰に対して負けないのか?
たぶんね、これは、自分ですね。
あー、もうめんどくさいわー。
できないわー。
とか言いそうになる弱い私自身に対しての「負けてたまるか」なのだ。
ふたたび、鮮やかなサウナハットに刺繍をして
中継をしてくれる手芸店オーナーにたくした。
これも不合格だったら、どーしよー。
ドキドキを抑えながら、三日ほど待機。
昨日、手芸店オーナーからの電話があり
「ことりーぬさん、ホテルの方が喜んでましたよ。
合格です。」
心から嬉しかった。
よかったー。
投げ出さなくてよかったー。
お役に立ててよかった〜。
私の心の中はいつでも大げさである。
そういう人なのだから、これでいいのだ。
ところで、手芸店のオーナーが
謝礼をお預かりしてますよ
と言っていたけれど・・・・
謝礼ってなんだろう?
ランチ券とか?
サウナ無料チケットとか?
何者でもない私の
ささやかな暮らしの中に
ささやかな出来事があり
こんなにも大きく豊かに感情が動く。
おかげで退屈することなく
楽しく?暮らせるのかもしれない・・・。
みなさま、暑さに負けぬよう、健やかに今日をお過ごしください。